■価値観ちゃ難しかぁ!

 

去年、テレビドラマで「離婚弁護士」や「熟年離婚」といった男女関係や熟年夫婦のドラマが流行っていた。

リアル感あって視聴率も高く、私も楽しみに観ていたが、台詞の中に真剣な表情で「価値観が違う」という言葉が何度も出ていた。

私はこの「価値観」という言葉を聞くと、それも真剣に言われれば言われるほど、笑いが込み上げて仕方ない。

今だから言えるが、私は”かちかん”という漢字は「価値感」だと思っていたし、本当の意味を知ったのは、恥ずかしながら25歳になってからのことだった。(現在38歳)

何故、間違ったまま生きてこれたかといえば、私はガキの頃から何で?何で?とひつこく聞く嫌な子供で、小学5年生の時だったが「価値観ちゃなんね?」と大人に訪ねたとき、「スーパーに林檎が売っています、しかし値段札が付いていません、さてあなたは幾らならだせますか?」という例え話の質問を逆に受けた。

私は50円と答えると、その人は100円だと答え「これが価値感の違い」だと教わった。

なるほど、なるほど、価値感とは値段の違い、つまり「金銭の感覚」なんだと単純に覚えたのが、そもそもの間違いだった。

お陰で、価値は値段で判別されるものだとインプットされてしまい、若き頃、つき合っていた女性から「あなたとは価値観が違うかも...」と別れを告げられても、「あたり前やん、オレは指輪に1万円も出さんもんね」と自信満々に訳のわからんことを言って、まったく傷心もせず別れていた。

また、家電品屋にVHSビデオを買いに行き、店員にS-VHSを勧められると「あんたとは価値観が違うしな」と平気で言っていた。

そんな具合に、微妙に合っていはいるんだが、かなり違うことに気付かないまま25歳になり、今の相方と知り合って数日目に「あんたはどんな価値観持っとる?」と聞かれ、私は昔し言われた言葉を思い出し返答したことがあった。

「スーパーに林檎が売っています、しかし値段札が付いていません、さてあなたは幾らならだせますか?」

相方は言った、、「なにそれ?」

拙者:なにそれやなくて、林檎の価値ば言うてみぃ!
相方:ハァ??
拙者:バーカ、林檎の値段たい!
相方:それ意味違うっちゃない??
拙者:どこが違うとな!

私はそれから数日間かけて、ああでもないこうでもないと私の価値感を述べるが、次第に自信を無くし、最後には”私が間違っている”ことが明らかになってしまった。

人生や人と人との繋がりや無形な物にこそ価値観があったのか!

基本的にお金でどうこうなる問題じゃないやんけ!

 

ムンク
 ギャァァァ〜

知らなかった、ショック!!

 

っという訳で、あれから約13年「価値観が違う」と何かにつけて聞く度に、根本的に間違って生きてきた自分を思い浮かべ、恥ずかしさのあまり一人笑いをしてしまうのであった。

そして、2006年1月14日、我が家で毎年恒例の「新春、書き初め大会&新年会」をやった時、「100万円もするブランドバック持って公共のバスに乗るのは恥ずかしい、そのバックを持つレベルなら高級車に乗って出かけるべきじゃないのか?日本人はセコ過ぎるしバックの中身はしれとるなどと、価値観について話が盛り上がっていた。


私も価値観についてずいぶん勉強したから、調子良く話に口を挟むのだった。

「ブランドバックが100万円しても、オレが持ってる電ドラも入らんっちゃけん、欲しいと思わんし、な〜も入らん、バックの意味がない」と言ったら....

 

(私の頭の中のイメージ)

エルメスのバーキン25

 

みんなが、

「たっちゃん、それ意味が違うやろ!」

「わけわからん」

「だから、それがいったいどうした」

「ハァ??」

「なんじゃそれ?」

と一斉に怒られる我が輩。

ええっ? それとは違うの?

 

ムンク
 ヒェェェェェ〜

価値観ちゃ、めちゃめちゃ難しかばい!

 

結局、我が輩は一生”ムンク”のままってことやろか? ぎゃははははは.....

 

まっこんな私やけども、今後も相手にしてくれぇ〜 (^O^)v

お金で買えない価値がある プライスレス

 

 

 

では、「たつの言いたい放題」を自己中心的に書き綴るものである。もくじへ戻る 表紙へ戻る

 

最後になるが、価値観を辞書で調べると「社会生活の上で、どうすることに価値があるかという考え方」と書いてある。27文字で書ける辞書の筆者は偉いよねぇ!さっぱりわからん。(笑)