「達の記録館」サブの表紙

日常の喜怒哀楽を写真付きで綴るエッセイ

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神社のススメ ~神主のひとりごと~ 賽銭ドロボー

先々月、Googleで当サイト「達の記録館」を検索していたら、約9年前の2002年(33歳の時)に書いていた「賽銭ドロボー」という、私のクダラナイネタを丸ごとコピペしてコメントをしていただいている、京都三条に鎮座する武信稲荷神社の神主様がいらっしゃいました。

いきなりですが、同じくコピペでどうぞ。

ー以下がその文ですー

2007.09.15 Sat

賽銭ドロボー(前編)

先日の新聞記事に

上京署は9日、窃盗と建造物侵入の疑いで、京都市下京区○○○、○△□容疑者(64)を現行犯逮捕した。

調べでは、○△□容疑者は9日午前1時15分ごろ、上京区の○○神社の境内に塀を乗り越えて侵入し、本殿東側のさい銭箱から約4000円を盗んだ疑い。

というのがありました。

ちょうどこの前日にウチの神社にも賽銭ドロボーがきていました。夜中に賽銭箱をあけてガサガサしているところを現行犯で逮捕しました(私が)。

私は空手初段、剣道2段、走り高跳び3メートルの猛者ですからとりあえずその場で逮捕しておきました。

ちなみにおさい銭は、こういう人たちがいるので毎日回収して夜には箱は空っぽになっています。

その具体的なはなしは少しおいておいて、おさい銭をドロボーすることは、誰が、どう見ても、時代が変わっても、悪いことだと思うのですが、どうでしょう?

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でちょっと気になったので賽銭ドロボーでなにか記事はないかなと探してみると、面白いというか、なんというか、そんなのがありました。

(達の記録館から原文そのまま)

この前、昔住んでいた町内へ散歩がてら行ったので、ついでにガキの頃悪さをしていた神社へ25年ぶりに立ち寄った。

悪さといっても、賽浅ドロボーくらいで、たいした悪さはしたことない!

当時、賽銭ドロボーの方法としては、

1、のこ、ヤスリで木製の賽銭の入り口を少し削り、こじ開けておく。

2、棒の先に噛んだチューインガムを付け、小銭をひっつけて抜き取る。

こんな単純な、ガキならではのドロボー(遊び)だった。

注意:鍵を壊しても、簡単に修復されるし、次の日に、また鍵を壊すのが大変なので、時間はかかるが、削り取る方が来週、来月、来年の為になるのである。

まあ、それくらいの悪さは誰でもやったことで、クソガキには日常茶飯事。

良しも悪しも考えず、誰にも捕まらなければ、すべて良しとの考えだった!

しかし、一方で真面目な私は「神様はいる」と信じていた。

だからこそ、私は毎日のように神社に行き、神様にお祈りしていたもんだ!

神様、本日も賽銭が入っていますように... お願いします。

そして、明日も賽銭箱に、お金が入りますように。

それがだ! 25年後の神社へ行ってみると、木製だった「入り口広きお賽銭箱」が鉄製になって丈夫になっているではないか!

それも頑丈な鋼鉄製!!!

「あっ・・・・・・・」(ボー然)

これには頭にきた! 神主は何考えているんだ!

これじゃ賽銭ドロボーできないじゃ~ないか!

(私の思い出がズタズダに引き裂かれた瞬間だった.....)

そもそも、賽銭箱はクソガキの為に用意されていたような物で、賽銭箱の小銭で神社経営が成り立っているなら、賽浅ドロボーは立派な犯罪なんだが、たかが「賽銭=小銭」じゃ~ないか!たかが、小銭に目くじらたてて、頑丈な鋼鉄製にするなんて大人のやること、つまり神様のやることじゃない!

賽銭が、そんなに欲しいのかよ神主!

「クソガキ」対「大人」の賽浅の奪いあいなんて馬鹿げている。

小銭くらいはクソガキにやって、子供の育成に貢献しろよそれが地域に密着した神社ってもんだろう!

もっと、言わせてもらえば、神社でも寺でも、◯◯様◯◯万円などと寄付した人の名前を、金額順に大きさを変えて石に掘ったり、紙に貼りだすること自体が人の差別を象徴している!

そんな事が、神や仏の教えなのか? とも思ってならない!

こんなんだから、神社の敷地で遊ぶガキがいなくなるんだ!

こんなんだから、神や宗教を信じなくなる人が増えるんだ!

あ~あ、実にクダラナイ神社だ!

こんなクダラナイ神社に立ち寄った私が馬鹿だった!

もろ私の思い出を壊された神社には怒りさえ感じる!

もう2度とこの神社には行かないだろう!面白くもなんともない!

ついでに、神社で遊んでいるクソガキに賽銭ドロボーを教えてやろうと思って来たのに、その前に誰も遊んでいないだもんな~

あ~あっ~(ため息)

子供心を忘れない大人でいようと考える私であった....

毎度、その子供心が危ないのじゃが.... ガッハッハ

(※リンクを貼っていませんが、もし不都合があれば連絡をください)

なるほど、そういう風に考えることができる人もいるのか。賽銭箱が鉄製になったという同じ事柄を見ても感じ方はさまざまだなぁ・・・

後編へ続く

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| 神社のはなし | 20:38 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

2007.09.16 Sun

賽銭ドロボー(中編)

昨日からの続きです。初めてのかたは昨日の記事を先に読むとわかりやすいと思います。

悪ガキは賽銭ドロボーします。今も昔も、どこでも同じでしょうね。ウチの神社でもそうです。

ですが現在、祭りの際にお世話をしてくださる方々や、普段から熱心にお参りされる方々は、子供のころに武信さん(武信稲荷神社のこと)で遊ばせてもらったんです。というかたが非常に多いです。

そして、悪さもいっぱいして、よく怒られたと笑い話になります。

大木に登ってハンモックをつるしたり

(トムソーヤの冒険みたいですね・・・)

神様に御供えしてあるお餅やみかんなどを食べたり

(戦争中や戦後のはなしもありますからね・・・)

鳥居に登って上をはしりまわったり

(アクロバティック中国雑技団みたいですねすごい・・・)

賽銭ドロボーしたり

(う~ん。定番ですな・・・)

それでウチの先々代の宮司(要するに私のじいちゃんです)によく怒られて恐かった。と。

じいちゃんは髪の毛がモサモサだったようですので、当時の子供たちは悪さをしていて怒られるときに、

「うわぁ~ライオンが怒った~」

といって逃げていったそうです。モサモサの髪の毛がたてがみって事ですね(^.^)

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以前の記事でも子供達が境内で遊んでいる様子を書いていますが、http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-31.html

子供らには境内で遊んでもらいたいものです。で、今は悪さをしたら私がこら~と怒っています。私は普段は髪を後ろで束ねてちょんまげになてますが、束ねなければじいちゃんと同じライオンなんだと思います。

さすがにトムソーヤ、中国雑技団のできる子は今はいませんが、やっぱり賽銭をドロボーしようとする悪ガキ お子様もいますから(笑)

昨日の記事の中で紹介した文の批評はしませんが、とにかく感じたことは十人十色。同じものを見ても受取りかた感じ方は人それぞれだということです。

その人の経験してきたこと、育った環境、うけた教育などでものの考え方は変わってきます。

私にとって当たり前のことが、他の人には理解できないことである場合もあります。

相手の常識が私には非常識に感じることもあると思います。

今回なぜそれをあらためてそれを思ったのかというと、ドロボーは悪いことだと思います。多分これは全ての人にとって共通だと思います。(もしこれも共通ではないとするとそれも新しい発見です)

で、ドロボーされないように、もしくは賽銭箱を壊されないように(多分こっちの理由だと思いますが)鉄製の賽銭箱に変えた。この事に関しては悪いのはドロボー、神社側は被害者だから悪くない。

と、そういう固定観念があったわけですが、それをくつがえす発見。被害者だが神社が悪い。と感じる人もいるのだということ。

ちょっと賽銭ドロボーからはなしからそれますが、何をわかっていなければならないかというと、一つのことに対しても感じ方、考え方は人それぞれ異なるということ。

相手は自分と同じではない。ということ。

相手と意見が食い違ったときに、自分の意見や考えが正しいのだと思い、相手を従わせたいと思ってしまうと必ず衝突してしまいます。

多数の人が集まるところでは自分の考えや意見は、たくさんある意見、考えの中の一つであると思う事ができれば、「なるほど。そういう考えもあるのか」と受け入れることができるようになるのではないでしょうか。

自分の考えだけに固執せず、広く受け入れる心がでてくると、物事の本質というか、もっと大切なことが見えてくるのだと思います。

「木を見て森を見ず」

目の前の木だけを見ていては、その木がある森全体を見ることはできない。大きな視野でものごとを見ることで、物事の本質を見ることができるようになり、進むべき道もはっきりとするのでしょう。

話がそれたのでつづきは明日へ

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| 神社のはなし | 20:21 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

2007.09.17 Mon

賽銭ドロボー(後編)

昨日からの続きです。初めての方は一昨日の記事、昨日の記事を先に読むとわかりやすいと思います。

賽銭ドロボーのはなしにもどります。

初日の記事でもあったように、お賽銭を盗むために賽銭箱を壊すということがよく起きます。カギが付いている場合だとそのカギが壊されますし、賽銭箱に穴をあけたり、壊したりといったケースもよく聞きます。

ウチも以前、賽銭箱のカギを壊され、賽銭箱を無理やり開けようとしてバールかなにかでこじ開けたような痕がついていたことがあります。

お賽銭箱には氏子の方や崇敬者の方が奉納されたものというものも少なくありません。ウチの賽銭箱も大正時代に崇敬者の方が奉納してくださったものです。

大型のものは金額的にも高価なものも多いのです。それを壊されると、せっかく奉納してくださったものですから大切に修理もします。しかし年代的に100年以上経過して味がでてきているものが台無しになったり、盗まれるお賽銭の額よりも何十倍の修理代がかかったりする場合があるのです。

だから神社やお寺ではいろいろな対策が講じられるのでしょう。(←人事みたいですね)

頑丈なカギをつける。とか

壊されないように鉄製のものにする。とか

防犯用に監視カメラをつける。とか

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こういった対策をとることに対して様々な意見があるのだと思います。

防犯カメラを取り付けて人を疑うようなことをするな。とか

わずかな賽銭はドロボーに恵んであげなさい。とか

ドロボーされない努力をするより、ドロボーが改心する努力をしなさい。とか

賽銭ドロボーにはいくつかの傾向があります。

①悪ガキ(小学生くらい)

②悪ガキ(中学生くらい)

③年配者

悪ガキどもは遊びでやるのでしょう。

でも最近では中学生くらいの子が小学生にドロボーさせて、それを取るといったこともあったそうです。イヤな構図です。

で「賽銭ドロボーくらい」から始まって、自転車ドロボーくらい、バイクくらい・・・とエスカレートしていくと笑ってすまなくなりますから。ドロボーを教えるなどもってのほかです。

悪ガキどもの場合は見つけたらコラーと叱りとばすと、ちゃんと反省するようで同じ子の再発はないように思います。

一番多くて、再発性があるのが年配者。住所不定の人などが多い(私が逮捕した人では)。生活に困っているといいたげなのだが、だからといって参拝する方々の賽銭を盗んでいい理由にはならない。

だから逮捕します。というのは賽銭はともかく、なにより不審火は一番怖いですから。

防犯カメラを設置されるところは、そういう意味が大きいのだと思います。

ウチでは最初はカギはついていませんでした。が取り出せる小箱ごと盗んで行くふとどきな輩がいたので、小箱が取り外しできないようにカギをつけました。するとよそと同じようにカギを壊して、賽銭箱を壊されました。

だから今はカギはつけず、毎日必ず賽銭を回収するようにして、ドロボーがきても箱は空っぽという状態にしています。

さて初回の記事で登場した○○神社の新聞記事では警察が逮捕しましたが、今回ウチにきたドロボーは私が逮捕しました。前回も言いましたが私は空手初段、剣道2段、走り高跳び3メートルですからよく逮捕します。

まぁ箱の中身は空っぽだったわけですが。

で私はいつも逮捕したあとは事情聴取をして、話合います。たいていは話しあいにならずにこっちからの一方的な説教になってしまいますが、神に対しての無礼と参拝者の行為を踏みにじることをするなと、で釈放します。もちろん被害があった場合はそれは返してもらいますが。

しかし、以前に警察へ身柄を引き渡したこともあります。それは同一人物を3回逮捕し、その3回目に警察へ引き渡しました。えぇ加減にせぇ!と

以前、新聞の記事になっていましたが神社へ放火をした犯人の理由は、刑務所へ入りたかったから。3回の食事が確保される刑務所へ入りたい。と。

そんなことで火をつけられた泣くに泣けないです。実際に以前不審火もありましたし・・

とりとめのない話であまり面白くなくなってしまいました。本当はもっと別のことが言いたかったのですがまとまらないのでまたの機会に。

あっ!空手初段、剣道2段、走り幅跳び3メートルはウソです。

・・・しまった

ウソつきはドロボーのはじまり・・・・・

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| 神社のはなし | 20:31 | comments:16 | trackbacks:0 | TOP↑

ー という訳で、私もコメントさせていただきます ー

ガキの頃は賽銭泥簿やシャレにならん(到底記事にできない)ことも沢山やってきた私ですが、大人になってからは犯罪に手を染める事なく真面目に暮らしていることで、昔を懐かしみ書いていた気がします。

不思議なことに、今では「賽銭泥簿はけしからん、罰が当たるぞ」と子供に怒れる大人になったけども、記事にある(昔し悪さをした)神社に立ち寄った時に、木製のお賽銭箱が鉄箱になっていたことで、ついガキだったころの自分に戻り「あぁー面白ろない」と感じたものを素直に書いていたようです。

まぁ、私にも神社仏閣の友達が居たけど、ガキの頃は自分ところのお賽銭を盗ったりお供え物を盗って一緒に喰ってたし、神社仏閣の子供がお賽銭に手を出すことは絶対にないとは言えない訳で、その友達は今ではお説教する立場になってはいるんだろうけど、もしかしたら、自分の跡取りがお賽銭を盗ったりお供え物を喰ったりしているんじゃないかと想像しながらも、昔しを思い出し微笑ましく感じていたりするんじゃないかとね。分らんけど...

少なくとも、そいつが大人になって我が子に賽銭の盗り方は教えないだろうけど、「俺も同じ事をやってきたしあまり言えないな」と思ったりはするだろう。

私は自分を正当化する訳ではなく、ガキの頃のことは確かに反省しているけど、悪さというのはそういう悪さの中での遊び心を経て成長していくものだと思うし、私だって「神社で遊んでいるクソガキに賽銭ドロボーを教えてやろう」とは書いてしまったものの、ガキじゃないんだから実際に教えたりはしないし、クソガキが神社から居なくなったのは事実として、監視カメラに見張られて録画されてたら、そりゃ~普通のガキさえ来やしないってこを言いたかったような気がする。

これらのことを、最後に「自己中心的に書き綴るものである。」と締めくくっているので、面白ろ可笑しく書いたことは誰でもわかるかなという甘い考えが間違いの元か...

しもうたばい。(^_^;)

まっ、私と職種が違う仕事だから分らんやろうけど、私も液晶テレビや電気機器を車上荒らしで幾度も盗まれたり、ガソリン数十リットル抜かれたり、家のガラスを割られて盗難に遭ったりと様々な被害を被ってきた。

でも、仮に昔し盗人していた者が「いまの時代、鍵は頑丈で最近セコムや監視カメラがついて面白ろない」とブログ等に載っていても、悪さを書く人は、そういう人なんだろうと思うだけで自分のネタ(商売ネタ)にまではしないのだ。

神主さんともあろうお方が、新聞にあった犯罪記事から、お断りもなく無断で人様のエッセイを原文そのままに、前編・中編・後編にしなきゃいけないほどネタにしたかったんだろうねぇー

もう少し言えば「続き(中・後編)に行く前にランキングへ、ポチッと!」、「会社で1回、自宅で1回、出先で1回、1日1回づつポチッとネ~」となんて、人よりも上位に上がりたいとるす競争心や欲。

これら私には一切無いんだが。(^_^ゞ

誰が訪問したかなんて気にもしないのでアクセス解析すらない。

この辺は人間が違うのでございましょう。

自己解決しました。(^o^)v ヤッター!

全国、数千から数万の困っている神社(神職)代表し、私のエッセイを全文黙って持って行っていかれて陰で神職ネタにされていたことにビックリしました。

(原文を)鉄箱にし鍵も付ける対策、そして監視カメラのように「アクセス解析」を付けなければいけないなと。

神様(神職さんに)もの申していたり、批判したり、私が影で笑い者?悪人?にされていることに怒っている訳じゃなくて、事実なものは事実として書いている単なる『〜庶民のひとりごと〜』ですから気に触ったらごめんなさい。

また一応ひとりごとで書いてはいるけど文章下手だから、ひとりごとに聞こえなかったら、それもごめんなさい。

人のものを黙って盗むのはドロボー

全ての人にとって共通であることは、おっしゃるとおり間違いないと思います。

著作権もその1つだったりして。著作権泥棒

「木を見て森を見ず」とのいいお言葉を胸に刻みました。

「物事の本質」を見ろということですね。 はい。

さわらぬ神に祟りなし。バチが当たりませんように... 合掌

【余談】ランキングに1票入れることがネット上でのお賽銭の代わりだったかも知れないのでバチが当たらないようにポチッとさせていただきました。これで安心。ひとこと多いのかな俺。(^_^;)

2011年9月10日 記録

喜怒哀楽は、作者たつの考えを自己中心的に書き綴るものである。

追記:神主さんのメッセージに同じく、事後報告で「※リンクを貼っていませんが、もし不都合があれば連絡をください」とは言いたいところだけど、私はまだ人間できていないから連絡してもらわなくていいです。

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